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この作品が本にならないのはおかしい!という知られざる名作をぞくぞく出版していく出版社です。

著者の声・第十三回、月海和哉さん

 よく「歴史は勝者が作る」と言いますが、一方で「敗者が作る歴史」というもの
も、確実に存在します。どちらが正しいのか、間違っているのか――その判断は専門家に任せるとして、僕はただ、敗者の歴史を直視することにしました。
戊辰戦争で敗れた会津の藩士たちは、その多くが自らの意志で厳寒の地・青森の下
北半島に赴きます。書籍によっては、薩摩や長州が賊軍の会津を北方に追いやったと書かれていますが、これは誤りです。
 じつは、会津藩士たちは、旧領の猪苗代に残るという選択肢もありました。ところが、その猪苗代案を却下してまで、斗南と名付けた新天地を目指し、北上したのです。これには色々な理由が考えられますが、その中の一つに、会津藩士たちが極北の大地に多くを求め、過酷な新生活を甘く見ていたことが挙げられます。
 もちろん、会津藩士たちの気概は立派で、賞賛に値します。しかし、この目論見の甘さが、結果としてさらに多くの死者を生んでしまうのです。不慣れな下北半島での厳しい暮らしは、元会津藩士たちの想像を絶するものでした。食うに困り、中には人を食う者までいたと言います。
 僕は、この話に興味を覚え、本書の執筆に至りました。会津松平家の再興を願い、斗南藩の繁栄を誓った彼らは、一体どんな思いで、同じ旗の下に集った仲間の遺体を食べたのでしょうか――。
 主人公を長州藩士として、相棒に新撰組の斎藤一を選んだ理由は、少しでも物語の内容に客観性を持たせるためでした。また、箱の中を彷徨う推理小説ではなく、一つ高い場所から俯瞰する歴史小説にしたかった狙いもあります。
 そのように読んでもらえたら、著者としてこれ以上、嬉しいことはありません。