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この作品が本にならないのはおかしい!という知られざる名作をぞくぞく出版していく出版社です。

著者の声

ここでは刊行された本の著者の声を載せていきます。

第二十一回「実録・転職物語」の扇子忠さん

「自分史というものは、第三者が読むと大概鼻につくものです。況して、自慢話が書かれていると、読むのも馬鹿馬鹿しくなります。そういうものだと承知しながら書いたのが、今般の著作です。

が、執筆の意図は、今の暗い世の中で「転職なんか怖くない」し「夢は必ず実現するもの」であることを、多くの若い人たちに知ってもらって励ましにでもなればと思った次第です。
要は、「世の中、意思あるところ道あり」 だと知ってもらいたかったのです。

青松書院さんは、そんな小生の心情を本当にご理 解して下さり、またご親切にも極めて良心的な編集をして下さり、今般の出版を引き 受けて下さいました。感謝、感謝の一言に尽きます。」
『実録・転職物語』作者・扇子忠より


第二十回「悲しみのマリアは暁を待つ」の水月彩人さん

1704年のエスパーニャ帝国、アンダルシア州を舞台にした時代ミステリーです。
 スペインとオランダの血を引く若き医学生フェリペが、慶長遣欧使節団に加わっていた仙台藩士の子孫である商人イサーク・ハポンの死の謎を追います。

 ハポンは「日本」を意味するスペイン語ですが、同時に慶長使節の子孫を指す言葉で、現代も数百人のハポンさんがスペインに暮らしています。
 ヒロインは日系4世の美少女ヒメナ・ハポン。イサークの一粒種で、フェリペとともに眦を決して父を殺した犯人を追います。

 イサークと商才に長けた美貌の伯爵夫人アイーダ・デ・エスティージャが織り成す大人の男女の関係も、もう一つの物語となっています。

 僕は10年来のフラメンコ・ファンで、あの素晴らしい文化を生み出した国に並々ならぬ関心を持っています。
 いつか、スペインの時代物を書いてみたいという願いを込めて執筆した長編が、本作です。
 商業フラメンコの濫觴とも考えられる時代ですので、エスメラルダという愛らしい芸名を持つヒターノ(ジプシー)の美女にも登場して貰いました。

 踊りのシーンでは、友達のフラメンコ・アーティストにも教えを受けました。
 バル(酒場)を湧かせる、ハレオ(掛け声)やサパテアード(靴音)が聞こえるようならいいのですが……。
 リモン香る風に乗ってカテドラルから聞こえる清澄な鐘や、石畳に響くカラコレス(カタツムリ)売りの売り声、カルアヘ(馬車)の車輪の音。そんなスペインの街の風情が、あなたの耳に届けば、望外の幸せです。 

 末筆になりましたが、若桜木虔先生には、感謝の気持ちをお伝えすべきに相応しい言葉が見つけられません。

 入門以来、幾つかの文学賞に落選して、もう小説なんてやめてしまおうと、ヤケになっていた僕なのです。ですが、今日までなんとかペンを捨てず来られたのは、ひとえに、若桜木先生の温かいお人柄と厳しいご指導のおかげです。
 改めて、篤く御礼申し上げます。




第十九回「時女和美の決算手帖」の大原健碁さん

  銀行員としてまだまだ未熟なヒロインと少し変わった女税理士のコンビが、決算書にまつわる様々な謎を解き明かしていくミステリーです。

 ミステリーを書いた経験がこれまでなく、手探りの中書き進めていきました。今になって読み返すと、まだまだ書き足りない部分、未熟な部分が目につきます。

 無謀とは分かっていながら、初ミステリーでTBSドラマ原作大賞に応募させて頂きました。思っていたよりも良い結果が出ましたが、まだまだ納得のできるものではありません。これからもっともっと勉強して良い小説を書けるようになりたいと思っております。

 最後になりますが、本書を手にとって下さった皆様と出版に携わっていただきました皆様、また、粘り強いご指導を頂きました若桜木先生に感謝申し上げまして、短いですが著者の声とさせて頂きます。



第十八回「評論家ポストを取り返せ」の和田飛翔さん

 北信越と関東の一部のチームで編成されているBCリーグという独立リーグがあります。
そこの新潟アルビレックス・ベースボール・クラブに所属している青木智史外野手兼任コーチのフェイスブックとアメブロに著書が掲載されました。

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第十七回「THE ROLLING GOLDEN APPLE」の美波明日華さん

  本書には、就農一年目のリンゴ農家の主人公が、品種登録を巡るトラブルに巻き込まれる話『THE ROLLING GOLDEN APPLE』と、養豚場の種豚誘拐事件に巻き込まれる話『THE RUNNING PLATINA PIG』の二編が収録されています。
 ド田舎を舞台にした設定を、という若桜木先生の指導を受け、初めて自分の郷里を舞台にした作品です。
 岩手なんて、全然ド田舎じゃないやい、全然、訛ってないやい、と強がっていましたが、改めて活字になってみると、岩手って、ものすごいド田舎で訛ってますね(笑)。

 でも、このド田舎感こそ、岩手のオンリー・ワンだと思います。ド田舎の農家は、全く恥ずべき事態ではないぞ! と、私は声を大にして言いたいです。
 作中には、変な登場人物ばかりが出てきますが、物語をより魅力的にするために、できるだけまともな人間は除外しました。
 実際には、お人好しで争いを好まない岩手県民が、訪れる者を温かく迎え入れてくれるはずですので、皆様お誘い合わせの上、いつでも何度でもお越しくなんせ〜。
 最後になりましたが、まだまだ未熟な本作を書籍化してくださった若桜木先生と、貴重なお時間を費やして読んでくださった読者の方々に、心から御礼申し上げます。



第十六回「コヨーテ・パズル」菊谷智恵子さん

  メキシコからアメリカへの密入国を手助けする斡旋業者、別名コヨーテ
 不法入国者は絶えない。国境を越えれば、収入は十倍になる。アメリカに潜り込んでしまえば、仕事はいくらでもあるのだから……。
『コヨーテ・パズル』は、国境の町ティワナ、ユマなどを舞台にしたミステリーです。
 
 原稿用紙五枚ほどの短編しか書けなかった私が、若桜木虔先生と出会い、一からのご指導のもと、初めて書き上げた長編が、この『コヨーテ・パズル』です。
 行き当たりばったりの執筆でした。(実は、今も変わっていないのですが……)。でも、それゆえ、次はどんな展開になるかと自分でもわくわく! とにかく、書くのが楽しくて楽しくて、の毎日でした。
 応募したのも初めてで、まさか最終候補作に選ばれるなんて、思ってもみませんでした。
 若桜木先生の温かいご指導のお蔭です。また受賞を逃したにも関わらず、刊行をしていただきましたこと、本当に夢のようです。心より深く感謝申し上げます。
 いろいろな方々に、大変お世話になりました。ありがとうございます。今後とも、どうかよろしくお願い申し上げます。



第十五回「薬種御庭番」の高田在子さん〜重版にあたって〜

  このたび、『薬種御庭番』が重版となりました。新年早々から、幸先のよいスタートができました。これも読者の皆様のおかげです。たいへん感謝しています。

 ここ数年の我が家の新年は、富士山が大きく見える海岸で、初日の出を見ることから始まります。日の出の瞬間の太陽の色は、朱色に近い濃いオレンジ色で、とてつもないエネルギーを感じます。生命力に溢れる太陽のパワーをいただいて、今年も精力的に執筆に励むつもりです。

 また、平成25年は蛇年ですが、漢字では一般に「巳年」と書きますね。「巳」という漢字には、「起こる」「始まる」という意味もあります。

 高田在子が作家として、更に新しい第一歩を踏み出せるよう、頑張ります。そして、脱皮を繰り返す蛇の如く、自分の殻を破り続け、よい作品を生み出していきたいと思います。

 皆様、今後とも応援よろしくお願いいたします。



第十四回「ADは仕事を選ばない やらいでかッ」の近藤五郎さん

 青版と赤版と

 このたび、青松書院さんから二冊目の著書を出版していただく運びとなりました。
 一冊目、青い表紙の《青版》のタイトルは、『ADは仕事を選ばない』
 今回は赤い表紙の《赤版》で、タイトルは『ADは仕事を選ばない やらいでかッ!』です。
 ハリイ・ケメルマンの推理小説の名作『九マイルは遠すぎる』の顰にならえば、

1.タイトルからすると、青版と赤版はシリーズ作品である。
2.AD(アシスタント・ディレクター)≠ニいうからには、テレビ界が舞台である。
3.二作目、やらいでか=i=やらずには済まされない)は関西弁だから、舞台は大阪。
4.ケメルマンの『金曜日ラビは寝坊した』を思わせるタイトルだから、ミステリー作品?

というところでしょうか。

 青版は当初、《このミステリーはすごい! 大賞》に応募したものですが、出版に際して手を入れました。青版赤版とも、普通のエンタメ小説として楽しんでいただけます。
 あとは推理のとおりです。
 大阪生まれの元気な女の子が、最初は大阪の早朝番組で、後には静岡県の真ん中、小さな漁師町のCATVで、ADとして活躍する物語になっています。
 シリーズとしての時系列では、赤版『ADは仕事を選ばない やらいでかッ!』が先、青版が後になっています。
「エッ? 先に青版が出たから、赤版は後に読むハメになってしまったけど……」とお思いの方も、御心配なく。
 どちらから読んでいただいても、十分に楽しめるようになっています。
 シリーズには、まだまだ続きが控えています。
 青版赤版のビートルズを超えて、黄版緑版紫版白版黒版に銀版金版……使う色がなくなってデザイナーの保坂さんが悲鳴を上げるまで続けたいものです。また新たに出版されるたびに、この《著者の言葉》も書かせていただくつもりですので、《青松書院サイト》管理人の亜月さん、よろしくです。
 最後になりましたが、表紙はどちらも、グラビア・アイドルの黒澤リノさんが飾ってくださっています。ありがとうございました。
 また、小説執筆から出版に至るまでお骨折りいただいた若桜木虔先生に、改めてお礼を申し上げます。



第十三回「狂乱の春雪」の月海和哉さん

 よく「歴史は勝者が作る」と言いますが、一方で「敗者が作る歴史」というもの
も、確実に存在します。どちらが正しいのか、間違っているのか――その判断は専門家に任せるとして、僕はただ、敗者の歴史を直視することにしました。
戊辰戦争で敗れた会津の藩士たちは、その多くが自らの意志で厳寒の地・青森の下
北半島に赴きます。書籍によっては、薩摩や長州が賊軍の会津を北方に追いやったと書かれていますが、これは誤りです。
 じつは、会津藩士たちは、旧領の猪苗代に残るという選択肢もありました。ところが、その猪苗代案を却下してまで、斗南と名付けた新天地を目指し、北上したのです。これには色々な理由が考えられますが、その中の一つに、会津藩士たちが極北の大地に多くを求め、過酷な新生活を甘く見ていたことが挙げられます。
 もちろん、会津藩士たちの気概は立派で、賞賛に値します。しかし、この目論見の甘さが、結果としてさらに多くの死者を生んでしまうのです。不慣れな下北半島での厳しい暮らしは、元会津藩士たちの想像を絶するものでした。食うに困り、中には人を食う者までいたと言います。
 僕は、この話に興味を覚え、本書の執筆に至りました。会津松平家の再興を願い、斗南藩の繁栄を誓った彼らは、一体どんな思いで、同じ旗の下に集った仲間の遺体を食べたのでしょうか――。
 主人公を長州藩士として、相棒に新撰組の斎藤一を選んだ理由は、少しでも物語の内容に客観性を持たせるためでした。また、箱の中を彷徨う推理小説ではなく、一つ高い場所から俯瞰する歴史小説にしたかった狙いもあります。
 そのように読んでもらえたら、著者としてこれ以上、嬉しいことはありません。


第十二回「天下一揆だ、やっちまえ」の秋津野純さん

『天下一揆だ、やっちまえ』は、郡上で起こった百姓一揆を舞台にしています。
 けれども、実は、役者の生き様を描いた作品です。
 のんべんだらりと惰性で生きてきた三下役者が、生きるか死ぬかの決断を迫られたとき、どう変わるのか。
「役者の執念、性をとことんまで描く」
 掲げた目標は、さて、達成できたでしょうか。

「修行中の身である」
 応募原稿から、立派な本に生まれ変わった自作を読み、自身の立場を自覚し直しました。
「もっと深く書けた。もっと整理できた」
 読めば読むほど、反省点がぼろぼろ出てきます。
 私自身が、主人公・中村笙鶴にならなければいけません。


第十一回「路傍・舞台」の音森れんさん

私は中学生のころに一度だけ、小説家になろうと思った。
終戦直後、女手独りで四人の娘を育ててくれる母親に楽をさせたい一心からであった。
だが、その想いは直ぐに消えた。正直に言って、母を楽にしてやれる仕事であればなんでもよかった。
しかし、十九歳になり、また、小説家になろうと思った。中学生時代との違いといえば、絶対に小説家になる、絶対、という言葉が加わっただけであり、その日のために、今の筆名を用意し、恥ずかしげもなく、友人たちには自分を、れん、と呼ばせていた。

その後も、僅か五編の詩を書いただけで、気付けば私は、五十五歳を迎えていた。あまりにも長い月日が過ぎていた。
そこに到るまでの私は、自分の生活を支えて行くのがやっとで、日記すら書いたこともなかった。私は生きることを諦めたまま、呼吸だけをしていたのだろうと、今になって思う。

私が三十代の半ば、中学生になっていた息子に、
「人間の老いは、皺の数で決るんじゃない、情熱を持って生きるかどうかなんだよ。お母さんは、お祖母ちゃんよりも歳を取っている。たとえ恋でもいいから情熱を持って生きて欲しい」と言わしめたことに尽きる。
成長期にある子供たちにとっては、私は情けなく、愚かな母であった。
 そのころ私の職場に、覆面書評家の「狐」氏が転勤してきた。
氏の文学論を拝聴するうちに、私の中で根絶したと思っていた、もの書きへの想いが、ふつふつと息を吹き返してきた。それでも六篇の詩を書いただけであった。

 狐氏は重篤な病に侵されて、やがて世を去った。
一年後、氏の訃報を知り、悲しみに暮れる私の中から突然、堰を切ったように、短歌らしきもの、僅かな時間で百首ほど吹き出てきた。友人の勧めで、健友館より短歌集『路傍』の自費出版を決意した。十一年以上も前の話である。
出版の翌日に都道府県の図書館さんにご購入頂いたとの知らせを受けたが、あまりにも無知であるため、私はそれがどれほど有り難いことかも、分かっていなかった。

道行く女性に話しかけ、本を差し出し、読んでもらったりした。不思議なことに七割の女性から、「自分の人生と重なって共感を覚える」との感想を頂くことが多かった。
また、二十歳前後の大学生数人から、両親の姿に重なると、友人には語れない心の内を吐露する姿に出会ったのは意外であり、喜びでもあった。

気付くと公道の片隅で長い時間、見知らぬ人たちと立ち話をした。自分のつたない文章を通じ、見知らぬ人たちとの、心の闇の部分を語り合うことができ、私自身、救われたと感謝している。むろん、互いに何処の誰かは語らずに分かれたが。
私は、本が売れることよりも、読んでもらうことに至福の時を感じる。
ただ、短歌を好み、勉強している人たちや、私と同年代の男性には、「これは短歌ではない。また、相手にも言い分があるだろう」と、否定されることが多かったのは、事実である。

短歌でない、との言葉は、もっともだと思う。
私は十九歳の頃に、石川啄木の『一握の砂』に心引かれて、一年間、肌身離さず持ち歩いていた時期があったが、その後、短歌には触れたこともないのである。
今にして思えば、私の中で堪え切れなくなった想いが、私の意志とは関係なく、飛び出してしまったのだと思う。それゆえ、昨今の家庭内離婚や、熟年離婚が増えている状況下で、私の想いと重なる部分を持つ人が多いのかもしれないと思う。
その後、出版社が倒産し、私の拙著『路傍』も絶版となった。
私の未熟な短歌集は、それにふさわしく、私の本棚の隅で、私自身にも忘れ去られるように奥に押し込められ、窮屈そうにうずくまっていた。

十年という月日が流れた昨年の半ばに、テレビの番組内で、「これは短歌ではありません」との前置きがあり、先生により私の拙著『路傍』が紹介される機会を頂いた、との話が、八ヶ月ほど経ったある日、巡りめぐって私の耳に届けてくれた人物がいた。
作者自身が心の隅に追いやり、忘れかけていた、つたない書物を取り上げてくださった先生にお目にかかって、お礼を申し上げたい気持ちでいっぱいになった。が、様々な事情から叶わず、今日に到っている。
今は、必ずや、いつか何処かでお目にかかれる日が来るに違いない、とひたすら信じている。
何年も前に絶版になった本を捜し求めてくださった方に、お礼とお詫びの思いを込めて、今回、青松書院さんとのご縁を得ることができて、装丁も新たに、再度の出版の運びとなった。
私の拙著『路傍』には知的なものはなく、感情を抑えることができない、動物的な、情けないものしか感じていただけないかもしれない。
それでも、一度だけでも読んでいただきたい、との想いは消えない。




第十回「薬種御庭番」の高田在子さん

『薬種御庭番』の著者の高田在子です。
10月11日に発行されたタウン誌『タウンニュース戸塚区版』の
『人物風土記』という、地元の人物紹介コーナーに載せていただきました。
タウンニュースのサイトでも記事を読むことができますので、ぜひ見てくださいね。

いつも温かく応援してくださる皆様のおかげです。感謝しています☆

タウンニュースサイトへ


第九回「ADは仕事を選ばない」の近藤五郎さん


『ADは仕事を選ばない』の著者の近藤です。
読売テレビの朝の情報番組『朝生ワイド す・またん!』
(毎週月〜金曜日 朝5時20分から放送 関西地区のみ)で、
本書が紹介されました!!
10月11日(木)の番組冒頭、
司会の森武史アナウンサー、
虎谷温子アナウンサー、
それとコメンテーターの辛坊治郎氏の三人のオープニング・トークでです。
森さん、虎谷さん、辛坊さん、アリガト!
関西にお住いの皆様は、本書ともども、
読売テレビ『す・またん』を宜しくお願い致します。

第八回「御深井御庭」の服田伊都子さん


 江戸時代、名古屋城の北側には、御深井御庭(おふけおにわ)という広大な庭が広がっており、尾張徳川家の殿様が愛する、野趣溢れる庭でした。
 物語の主人公は、御深井御庭の番所に勤務する御土居下同心という隠密組織の一員で、実在した人物をモデルにしています。
 江戸時代も後半に入って、天下泰平も久しくなり、活躍の場を失った忍びの者は、風雅を愛する一芸集団へと変化しています。
 主人公は、誰もが認める潜水の名手で、殿様の命を受けて、名古屋城の築城以来、初めて濠の中へ潜った人です。
 濠の水中で主人公が遭遇した生き物の正体は、何であったか、この本を読んでくださったら、とてつもなく嬉しいです。

 この『御深井御庭』の小説を皮切りに、江戸時代の尾張名古屋を舞台として、物語を書き続けております。
 時代小説を書き始めてから、普段の生活においても、だんだんと和風好みになりました。かつてはそれほど関心もなかった能や狂言、文楽といった伝統芸能にも心惹かれる変化は、自分でも不思議です。
 昨年の梅雨時に、名古屋の徳川美術館の庭園(徳川園)で、『雨を聴く』という企画をやっていました。雨に煙る緑の庭園の真ん中で、和傘を持って佇み、和傘に打ちつける雨の音を心静かに聴いて、和の情緒を感じよう、という趣旨でした。和傘の色も、日本の古来色で、薄紫や山吹色、緋色と取り揃えてありました。
 考えようによっては、「雨の音を聴いて、どうする?」と思えるような企画を、大真面目にやってのける徳川園が、今やお気に入りの場所になっています。
 美術館で徳川家ゆかりのお宝を観賞したり、図書館で郷土史料を読んだりしているうちに、「いい物を見た」「こんな面白い人がいたんだ」という発見が、少なからずあります。それが、「書きたい」という気持ちに、次々と変換されていくような気がしています。まだまだ精進しなければならないレベルなので、一歩ずつ、楽しみつつ、学んでいこうと思います。

 ご指導いただきました若桜木虔先生、素敵な装丁を作ってくださいました保坂千園様、青松書院のホームページで宣伝してくださいましたWebご担当の亜月様、ありがとうございました。
 これからも、よろしくお願いします。
 



第七回「ドール〜ルクシオン年代記」の高橋桐矢さん



ドール〜ルクシオン年代記

本書には、「ドール」と「レディ」という2つの作品が収録されています。
舞台は同じく、地球から120光年遠くの惑星ルクシオンですが、
それぞれ全く独立した物語として書いていますので、どちらから読んでもお楽しみいただけます。

「ドール」は第9回小松左京賞に応募した人類滅亡テーマのエンターティメントSF作品で、
「レディ」は、もっとライトな、車のグランプリレースのお話です。

「ドール」
 非常警報が鳴り響く中、惑星物理学者「本郷レイ」を名乗る男がコールドスリープから目覚める。相棒は、美しいロボットドール「J」。
 超新星爆発から逃れ、太陽系外惑星に移住するために乗客3万人を乗せた恒星間宇宙船プリンセス・アロー号は、地球から120万光年離れた惑星ルクシオンを目指している。
 だが、冒頭の事故に続き、ドール反乱の噂、経営陣の内紛など不穏な空気が渦巻く。やがて本郷レイは、特殊金属オリハルニウム製のドール達の存在意義、そして「命とは何か?」に関わる重要事項を知ることになる。
 新星爆発の時が迫る中、プリンセス・アロー号は無事ルクシオンにたどり着けるのか? 船内にいる「スパイ」の目的は? 最後のそのとき、Jが取った行動は?
 Jは、どうぞ、最高の美少女ロボットに“脳内変換”してお楽しみください。
 
「レディ」
 人間と特殊金属生命体が平和に共存する星ルクシオンで、全惑星中が熱狂するイベントがある。
 ルクシオングランプリ。乗り物型金属生命体マシンと人間が互いにパートナーとしてエントリーするラリーだ。
 主人公の穂高計児は、氷原の上を爆走する一台の真っ赤なマシンに、一瞬で心奪われる。
「彼女に乗りたい!」
 ルクシオン一の財閥の跡取り四條創一郎も、彼女=レディのことを狙っている。ツンデレマシン、レディを乗りこなすのは誰なのか? そしてルクシオンGPで優勝するのは?
 レディの声はどうぞ、お好きな声優さんに“脳内変換”してお楽しみください。


 そして、最後に。
 本書収録作品「ドール」は、最終選考で落ちて、本にならなかった作品です。作者のわたしとしては、「こんなに面白いのに!」と思うのですが、いたしかたありません。
 手前味噌ではありますが、本屋に並んでいる本と変わりなく面白く読んでいただけることと思います。そもそも公募の最終選考作品は、「どれも面白く読めて当たり前」のはずですから。そして読了の上、「これがなぜ大賞を取れなかったのか知りたい」という方がいらっしゃいましたら、ツイッターかフェイスブックでメッセージください。その内容に関しては、ここで語ることはできませんので、メッセージで。
 ひとつだけ、下読みの方のお言葉を。「竹宮恵子の地球へ…のような雰囲気」。「地球へ…」大ファンの私としてはすっごく嬉しかったのですが、今までに見たことのない斬新な作品を求める大賞作品としては……ということなのでしょう。
 そういうわけで世に出られなかった作品を、出版してくださった青松書院様、イラストを描いてくださった出水翼さん、スタッフの皆様に心より感謝しております。

 読者の皆様には、ただただ楽しんでいただければ幸いです。
 「ロボット」「宇宙船」「人類滅亡」「生命とは?」「異種間恋愛」などの単語に心惹かれる方には必ずや、面白く読んでいただけることと存じます。

 120万光年彼方で繰り広げられるあれやこれやの出来事を、ひとときこの世の憂いを忘れてお楽しみいただけましたらもう……著者冥利に尽きます。

第六回「薬種御庭番」の高田在子さん


学生時代から、ずっと「小説家になりたい」と思っていました。
種苗会社に勤務しながら勉強の場を探すも、見付からず。ひょんなことから日本児童文芸家協会の先生と知り合い、児童文学の勉強会に参加するようになりましたが、その間も「いつか大人向けの作品も書きたい」と、ずっと思い続けていました。

退社、結婚、出産後、幼子を抱えての勉強会出席に限界を感じ、独学で小説を書き続けました。これを機に、もともと書きたかった大人向けの小説を書き始め、文学賞への応募に挑戦し始めました。両親が病気を患ったこともあり、当時まだ小さかった子供を連れて実家の祖母の介護手伝いに通いながら、小説を書き続けていました。

いくつかの文学賞の大賞候補に残ったものの、「大賞受賞」には、なかなか手が届きません。そこで、若桜木先生のメール添削講座を受講し始めました。メール添削なら、育児をしながら自分のペースで続けられると思いました。

執筆の幅を広げるため、時代小説にも取り組み、第2回朝日時代小説大賞候補に選ばれました。その作品が、今回、青松書院より出版していただいた『薬種御庭番』です。(大賞候補となったのは、2作収録された『黄金の影』『朝鮮人参を入手せよ』のうち、『黄金の影』のほうです)

受賞には至らなかった作品を、本という形にしてくださった若桜木先生には、本当に感謝しています。また、この本に関わってくださった全ての方々に、この場をお借りして、お礼申し上げます。ありがとうございます。

作品の世界を見事に表現してくださった表紙絵は、帯をめくると、徳川家の葵の御紋が隠されていたことがわかります。裏表紙にまで散りばめられた花々は、作中に出てくる花や薬草です。一目で、気に入りまたした。
自宅に届いた本を初めて手にした時の感動は、きっと一生、忘れません。

「作家として、小説を書き続ける」という夢を、これからも追い続けたいと思います。温かく見守ってくださっている全ての方々に、感謝しています。
今後とも、応援よろしくお願いいたします。

第五回「ADは仕事を選ばない」の近藤五郎さん

 自分の著作を本にしたい=B
 3年前、ごく単純な志から、小説の執筆を始めました。

 今回、出版していただいた『ADは仕事を選ばない』は、執筆を始めてから2作目に書き上げた作品です。
『第9回 このミステリーがすごい! 大賞』に応募したところ、《次回作に期待》として、選考委員の宇田川拓也氏からコメントを戴きました。『このミス大賞』は、辛口かつ激戦として知られる超難関の賞です。受賞はかなわなかったとはいえ、小説を書き始めた身にとって、大きな励みになりました。

 このたび出版していただくに際して、『このミス』に応募した形から手を入れています。
 私は寝ながらでも、モノを食べながらでも、乗り物の中でも、トイレでも、何をするときにも読み物≠携えていなければ気が済まない質です。

 私と同じように、気楽な読書を無上の楽しみとする皆さんの御目に留まり、手に取っていただければ幸いです。



第四回「震災と日本人の資質」の斉藤一朗さん

 今回、縁あって若桜木先生のところから出版させて頂くことになりました。

3月11日に起きた未曾有の多重災害について、被災者はもちろん、私自身も未だに整理できずにいます。瓦礫の問題以上に、気持ちをどのように整理したら良いかが定まらないのです。

私にとっても、余震で揺れ続ける中、自分の気持ちを整理するための著作だったと思います。被災状況に意味を見出したい、読んだ方が少しでも力を取り戻せる内容にまとめたいと考えていました。果たして、当初の意図はどれだけ達成できたのだろうと、日々考えながら、形にできない自身の無力さを日々噛み締めております。

 心理療法にはナラティブセラピーという療法があります。この療法では、クライアントの経過を、共に、いかになっとくできる物語として再構成するか、その技術が問われます。
 震災のみならず、世の中には沢山の不条理が存在します。

存在する不条理に対し、一人でも多くの語り手が、意味を見出してくれること願ってやみません。
 どうか1人でも多くの方が共感し、生きる意味を見出せる暖かな物語を、ここに関わる沢山の語り手が作り上げてくれることを希望しております。


第三回「殺人者は夜明けに笑う」の香川由美さん

 映画が好きで、映画の事ばかり熱く語っていた私が、映画にまつわる本を出すなんて。まるで夢のようです。

 翻訳の仕事を選択したきっかけも、映画の世界に惹かれたからです。皆から、「そんなに映画が好きなら、字幕翻訳をやればいいのではないか」とよく勧められたものです。

 実際、映画に関する文献を翻訳する機会は訪れず、趣味は趣味、と割り切っていました。
 若桜木先生の元で指導していただくようになり、映画の世界も書くのは「あり」ということになって以来、夢のような日々が続いています。

 新人賞を受賞することが目標ではありますが、修業時代も毎日が充実してこそではないですか。私はどっぷり映画の世界に浸りきり、それがマイナーな世界でも、「そんなの誰も興味ないよ」という主題でも、とことん突き進んできました。
 今回、青松書院から『殺人者は夜明けに笑う』が出版され、感慨ひとしおです。これは私の処女作と言ってしまっ
ていいんですよね?

 舞台は1945年のハリウッド。アガサ・クリスティ作の『そして誰もいなくなった』という、実際に撮影され、公開され、DVDも発売されている実話を題材にしています。小説の中では、とんでもなくいろいろな事件が起きて、映画制作は難航するのですが、実際にはわかりません。戦時中で日本は敵国でした。この頃の映画は、戦後しばらくして、どっと日本に押し寄せることとなります。だから、日本人が知っている俳優があまりいないのです。そこも私には有利でした。あまりに有名なスターは経歴全てが知られているので、嘘の部分を書きにくいと思うのです。

 フィクションですが、実在の俳優もたくさん出てきます。若桜木先生曰く、いかに捏造するかですが、捏造しまくりました。でも、俳優、監督、裏方さんたちに愛はいっぱい注ぎました。だから、海の向こうの今は亡き皆様、どうぞお許しください。

 出版に当たり、電子出版とは違う表紙を作っていただけることになりました。版権切れの当時のハリウッドっぽい写真で埋め尽くしていただきました。

 どうか皆さん、是非一度手に取って、読んでみてください。海外物ですから、共感を得られにくいジャンルではありますが、私の「映画がとにかく大好きなんだぁああ!」という思いだけは、わかっていただけると思います。
 

第二回「蛸比丘尼」の藤原葉子さん

 今回、刊行していただいた作品を書き上げたのはちょうど3年前。
 併載されている『葡萄牙人の大砲』は、若桜木先生のメール講座を受講して最初に書き上げた作品でファンタジーノベル大賞の一次選考を通過しました。これに調子付いて書き上げたのが『幽』怪談文学賞の佳作に滑り込んだ『蛸比丘尼』(原題『蛸地蔵』)です。

 せっかくの受賞作だけど、すでにお蔵入りしていたところに、先生からの刊行のお誘いがありました。なんてありがたい、いや、でもちょっと恥ずかし〜い! というのが実は正直な気持ちであります。
 
 それにしても自分の書いた作品が本になるって、どんな感じだろう……、何ともピンと来ません。でも、出来上がってきた本を手にして、お恥ずかしながら「おおっ!」と叫んで舞い上がりました。
 何より表紙が素敵でしょう? 裏表紙も格好いいんです。

 父親(団塊世代です)の影響もあって子供の頃から歴史物が好きで、始めから時代小説を書きたいと若桜木先生のメール講座に飛び込みました。時代小説といっても、過去、東京に行ったことがなく、縁もゆかりもなかった私には江戸物より地方を舞台にした戦国物のほうが書きやすい。

 戦国物といっても、織田信長やら武田信玄といった有名武将を題材にしなくちゃいけないと思い込んでいたのですが「有名武将を主人公にしてはダメ、マイナーな主人公で土地勘のある地元を舞台に」という若桜木先生の教えに目から鱗!
 取材にお金も手間も時間もかからないし、今まで知らなかった地元の歴史や魅力を再発見。郷土史って面白いんですよ。書いてみたい題材もたくさん見つかりました。でも、あまりにマイナーすぎて埋没しないかちょっと不安ですが……(笑)
 
 最初はたった一人で小説を書き始めましたが、今では若桜木先生を始め、いろんな方々に支えていただいているんだなと改めて気づかされました。本当にありがとうございます。
 これから、青松書院よりどんな作品が刊行されていくのか楽しみにしております!



第一回「闇を切り裂く誘拐者」の矢吹哲也さん

『あしたのジョー』になりたかった。

全共闘運動が荒れ狂う時代の真っ只中で、矢吹丈のように、真っ白な灰となるまで闘争心を燃やし尽くしたかった――が、願いは叶わず、胸のくすぶりを、仕事への集中とギャンブル依存で騙し騙ししながら――、とうとう還暦を迎えてしまいました。

「俺には、もう博打しか心を燃やせるものはねえのかよ」と友人に愚痴ったら、「お前は文章が書けるのだから、競馬小説でも書いて今までの損を取り戻せ」と、からかいたっぷりのアドバイスを投げられ、ついついその気になったのが二年前。
(でもなあ、百万部レベルのベストセラーでも出さなきゃ、損は回収できないんだけど。)

 このように極めて不純な動機によって、生まれて初めての小説を書き上げました。積年の恨みを晴らす――競馬会の悪辣非道ぶりを暴き、奴らに大打撃を与えて大儲けを企む、という本書の前身ともなったミステリーです。

第九回『このミステリーがすごい!』大賞に応募したところ一次選考通過となりました。これを一つの記念碑として、七面倒臭い小説書きなんか、さっさと止めてしまえばいいのですが、小説家への夢を大きく広げてしまったあげくの落選でしたので、今さら引っ込みがつきません。

小説書きとして鍛錬を積むという過程をすっ飛ばして、いきなりリングに上がったのだから当然の結果。と自身を宥めるものの、日を追うごとに悔しさが募り、リベンジに血が滾ってきました。

気持ちが昂ぶった時の集中力と行動力には自信があります。やっと『あしたのジョー』になるための戦いの場が見つけられたのですから、まっしぐらに前進あるのみです。

自身を一から鍛え上げるため、さっそく若桜木虔氏の小説家養成講座に入門しました。

ここでは詳しく語りませんが、その日を境に、添削と言う名の、壮絶なスパーリングが始まりました。私にとっては、まさしく『段平』さんとの出会いです。

『あしたのために、その一』『その二』……一気に力をつけるためには、怯んでなんかいられません。倒れたなら、倒れたまで。そんな覚悟で、もしくはヤケクソ気分で挑みかかりました。
二ヵ月間の奮闘の末、本書が完成し、第十九回『松本清張賞』二次選考通過に至りました。前作の改稿から始めたものの、完成した作品はまるで新しい物語に生まれ変わっており、自身では満足のいく線まで持ち上げられたと思っています。

いま振り返れば、何か、物の怪にでも取り憑かれたような日々でした。
こんなに心を熱くできるだけのエネルギーが俺にも残っていたんだ。――その時、私は、百パーセント『あしたのジョー』になっていました。(ついでにペンネームも頂いちゃいました。)

老いたジョーの挑戦は、これからが本番です。既に次作を書き上げて応募中ですし、これからは年に三作を目標に書き続けようと、腕まくりしています。

励ましでも、ひやかしでも、結構ですので、本書をご一読の上、レビューに評価を頂ければ幸いです。前述のように、若桜木虔氏とのスパーリングでかなり打たれ強くなっていますので、痛烈なパンチも受けて立ちます。(……とカッコつけたものの、おだてられりゃ、木にも登るタイプでもありますので、そのへんもご配慮を。)













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